参加者募集:Scratchによる学習ゲーム制作「超」入門

Scratchで制作した学習ゲームのサンプル
Scratchで制作した学習ゲームのサンプル

まなゲーらんど管理者 池田俊明が、誰でも簡単に学習ゲームを作れて公開できてしまう方法をお教えします。

MIT(マサチューセッツ工科大学)開発の子ども向けプログラミング学習ツールであるscratchを使って、画像のようなクイズ形式の学習ゲームが、画面上でパーツを組み合わせていくうちに(ほぼマウスだけで)誰でもサラっと作れてしまいます。

授業内容や、子供たちの必要とする内容に合わせて、ちょっとした楽しいツールを提供してあげられる大人が増えたら、きっと笑顔で勉強できる子供が増えるはず。

インターネットを閲覧できて、マウスを操作できて、ちょっとだけキーボードが使えれば、必ずできるようになります!パソコンが得意でない方も心配ご無用です。

Scratchによるプログラミングの例
サンプルゲームの中身はこんな感じになっています

scratchは数年後に導入と噂の小学校でのプログラミング必修化でも、使用されるツール候補に挙げられています。そちらへの備えも兼ねて特に教員のみなさんへの受講をおすすめします。

【日時】10月29日及び30日 13時〜17時

※同じ内容で2日間開催します。ご都合の良い日を一方選んでご参加ください。

【持ち物】ノートパソコンをお持ちの方は極力ご持参ください。(貸し出しも可能ですが、台数に制限がございますのでご希望の方は事前にご相談ください。)

【参加費】3,000円

【お申し込み】下記リンク先の「こくちーず」ページよりお申し込みください。

29日(土)
http://www.kokuchpro.com/event/a4b0b674ce1aad670fb3181991f45392/

30日(日)
http://www.kokuchpro.com/event/e51290b192b2295975da25d428ff08fa/

パパと娘とプログラミン

文科省が開発公開している、子ども向けプログラミング学習ツール「プログラミン」を、小学1年の娘と一緒に遊んでみました。

この「プログラミン」、複雑なスクリプト入力など一切なしで、ほとんどがマウス操作でキーボードを使うのは数字ぐらい、ブロック遊び感覚の直観的な操作でプログラミング学習ができる優れものなんですが、残念ながらあまり存在を知られていません。

今回は、その可能性を子どもと一緒に検証してみようということで、娘(小1)といっしょに、休日の午後、チャレンジしてみましたのでレポートします。

さて、一年生にプログラミンによるプログラミングは可能なのでしょうか?はじまりはじまり…

※「プログラミン」で検索するとすぐに見つかります。

プログラミン画像1

タイトル画面から、「プログラムをつくる」をえらびます。

プログラミン画像2

もう一度「プログラムをつくる」。
「使い方をおぼえる」を飛ばして始めてしまっても大丈夫です。

プログラミン画像

「おてほんをみる」は、いきなりみても理解しがたいので、やはり飛ばして、
「あたらしいプログラムをつくる」にいきます。

プログラミン画像

これが制作画面のインターフェース。
画面下の方に、ずらーっと並んでいる変な生き物?がプログラミン達です。
とりあえず、やじるし系4つ(ヒダリン・ミギーン・ウエーン・シターン)の
中から適当にえらんで、「ここにプログラミンを…」のところにドラッグします。

プログラミン画像

すると、こんな感じで絵の上にブロックが追加されます。
で、画面右端の「さいせい」をクリックすると…

プログラミン画像

う、動いたっ!スタートから「とりあえず作ったものが動いた」までが早くていいですね。

「とめる」をクリックして、制作画面にもどり、さらにプログラミンを重ね置きしてやると、どんどん命令が追加されていきます。(重ね順の下から順番に処理されます)

プログラミン画像

深く考えずにどんどん追加しては再生、でも問題なさそうです。
うごかしてみれば、あぁこいつはこういう風になるのねとわかってきます。

※ここまでで最初の問題、ドラッグってなんじゃ?うまくできん!が発生しました。

最初の一個はまだ良いんですが、2個目以降を追加しようとするとき、意外にポインタの位置がシビアで、思ったのと違う所にいってしまったり、追加したつもりがされなかったり、すでに設置済みのものをズラしてしまったり消してしまったり…。

ある意味これが一番の問題だと思いました。アンドゥ(直前の操作の取り消し)ができないのもあって、このドラッグの失敗に結構苦しめられます。子どもがドラッグ操作になれるまで、イライラしない。させない努力が必要になります。子どもの小さい手にあう、小さめのマウスを準備してあげると良いのかなーと思いました。タッチパッドだとさらに苦しいのでぜひマウスを…。

指定の操作を繰り返させる「ズットン」と「ナンカイン」、複数の命令を同時に実行させて、例えば斜め移動などを実現させる「イッペンニン」など、制御系のプログラミンが登場すると複雑さが増しますが、さきに「させたい動き」を考えさせて、必要になった所で「こんなんあるわ」と進めてやると、試行錯誤しつつ、すんなりハードルを越えていく感じでした。

思っていたのと違う動きになったときに「なんでやー!」と笑えるかどうかは、重要なポイントだと思います。笑えてさえいれば、何度でも試行錯誤しますし、予想外の動きが、さらなるイメージのふくらみにつながる、という場面も見られました。

まぁ、僕の方は「こうしたらできるよ」とすぐ教えたくなってしまうのを出来るだけ我慢するのに必死でしたが・・・。

しばらくやるうちに、基本自分で考えて、つまったら相談してくる、という感じになり…。出来上がったのがこれです。

1人と1匹がロケットに乗り込んで、飛び立ちます。なかなか戻ってきませんがやがて帰ってきたロケットから2人が降りてきて、「ただいま!」これだけなんですが、意外に中身は複雑です。

プログラミンによるプログラミング学習が1年生に可能であるか、どの程度理解・活用出来るかの試金石としてのチャレンジでしたが、プログラミンの優秀さとともに、苦労しやすいポイントも見えました。

【操作上の問題点】

ドラッグ&ドロップに苦労しがち

これは記事中で既出。意外に細かいマウスワークが必要になるので、親子ともにイライラしないように…。

誤って右クリックしてしまう

プログラミンはフラッシュで制作されているので、画面上で右クリックするとフラッシュプレイヤーのメニューが出てしまいます。で、さらにそれをクリックしてしまうと、あたらしいタブが開いてしまい、「なんじゃこらー」となります…。これも意外とストレス。

いずれも、慣れればすぐ大丈夫になる類のものですので、落ち着いてフォローしてあげれば乗り越えられるものと思われます。

【知識・学習進度上の問題点】

読めない漢字が出てくる

想定している学年は不明ですが、読み仮名なしで漢字が使われているので、そこはまぁ、読んであげるしかないですね。

三桁以上の数値や少数・マイナス値、角度などもあつかう

必須…ではありませんが、作りたいものによってはやはり必要になります。
が、概念を習う以前に使い道として知っている、というのは悪くないんじゃないかと思いました。むしろ積極的にいじらせてみたいところです。さらにいえば、学校で学ぶ過程や単元終了後に、プログラミンをつかって、習得した概念を実用してみるなどの活用は、大いにアリなんじゃないかと思います。

【結論】

個人差もあるでしょうが、今回試してみた限りでは1年生のプログラミンによるプログラミング学習は「あり!」というのが池田の感触でした。初体験から2−3時間でこの様子であれば、もう少しやればすべてのプログラミンの使い方を理解できるでしょうし、さらに複雑な作品やゲームなども容易につくれるようになるのではないかと思います。

本人もかなり楽しそうでしたので、また続きをやってみたいと思います。

また今後、機会があれば、同級生(とその保護者)などを招いて複数人での学習にもチャレンジしてみたいなぁと思います。

「スターウォーズから」親が学ぶべきこと

それは「恐れ・不安」を原動力として子供に「力」を求めさせたり、行使させたりしてはいけないということです。学力でも同じ。

まさしくフォースの申し子として生まれ出でたアナキン・スカイウォーカーは、十分過ぎる素質と清い志を備えていましたが、ダース・シディアスの巧妙かつ遠大な罠の中で、次第にその「不安と恐れ」を膨らませ、ついにはそれに飲み込まれて、愛する人、ジェダイ評議会、その他もろもろを巻き込んで破滅に至ります。

この話を、師であり親代わり(アナキンは父親なしで生まれて、母親とも幼少期に離別。その後さらに死別。)であるジェダイ・マスター達、特にオビワンとヨーダ、ウィンドゥによる、極めて壮大な子育て失敗の物語として見てみましょう。

はっきりいって、マスター達(特に偉い方の二人)はアナキンの破滅に「加担」しています。

アナキンは、(主にマスター・ウィンドゥによって)どれほど力をつけても、実績をあげても、自分はついに認められない、受け入れられないという思いを繰り返し味合わされています。

そして、あまりに抽象的で果てしなく遠いと感じさせてしまう目標ばかりを提示する、マスター・ヨーダ。

こいつらは何しろアナキンのことをまるで見れていません。彼女が妊娠しちゃってることどころか、彼女がいるのにも気がつかない。いや、そこはこの際いいんですが、とにかく子供(弟子)の不安に無頓着どころか、逆に煽るばかりで全く支えてやる気が感じられない。「不安を感じておるな・・・心を強く持つのじゃ(俺みたいにな)」で助言したった顔されても困ってしまいます。必要な信頼関係の伴わぬところ、真理といえども虚しく響くのみです。

ジェダイ・マスター達が何をおもってアナキンを「育成」していたのか、それは定かではありませんが、アナキンの心が「ジェダイ評議会と関わると苦痛ばかりだ」と日々学習していたことは間違いありません。

認められない・受け入れられない不安が、とにかく結果を!結果をだせる力を!という気持ちを生じさせ「不安を払うために力を求める」という傾向をさらに強めてしまいます。
さらに、母親を救えなかった経験などから、大切なものを守るために力を求め、あげく、圧倒的な力を得なければ全てを失ってしまうという強迫観念をもつに至ります。

頼みのオビワンはというと、ケンカしつつも愛情をそそぎ、それをアナキンも感じていた様子がはっきりみられます。いい関係だったんですよ。しかし、一番大事な時に(使命=仕事のために)側にいません…。その事をこじらせてか、アナキンは最後になって「全部オビワンが悪い!」みたいな感じになってしまってます。「俺の人生がこんなになったのは全部お母さんのせいだ!」的な話で全く笑えません。

この間、一方のダース・シディアス先生は、ほぼ一人で銀河共和国を腐敗させたり戦争させたり、表の顔と裏の顔で両陣営の最高責任者を兼務するという、ありえないほどの激務をこなしながら、ちゃーんとアナキンの心の状態を把握していて、絶妙のタイミングで「不安」や「恐れ」に点火したり油を注いだり。愚痴話だって、しっかりきいてあげます。その上、アナキンがオビワンに切り捨て御免されるや、はるか銀河の彼方から彼の危機を感じ取って、とりあえず全部放り出して(多分)自ら救助に駆けつけます。最悪ですが、「見ている」という点では残念ながら完璧です。

一体なぜこんなことになってしまうのでしょう。
なぜジェダイ達は、あんなに偉そうで冷たくて、アナキンを救うどころか追い込んでしまうのか。

それは、ひとつには、ジェダイ達が「自分たちは正義」と思っていることに起因しているのだと思います。
自分が正しいことを言っていると思うと、人間、偉そうで、断定的で、冷たく、鈍感で相手の気持ちに配慮しないということになりがちです。教育に関わる人の多くが「勉強はするのが当然(しないのは子どもがわるい)」と(心のどこかで)思ってしまっているのもそのせいです。逆に、シスに限らず「悪」サイドはというと、自分たちの倫理的不利を知っていますから、その発言行動は慎重で懇切丁寧。自分の言葉をいかに相手に「届かせる」かということに常に心を砕いています。この差が、彼らの銀河全体の運命を大きく左右したというわけです。

遠い昔、はるか銀河の彼方で、
ウィンドゥがもうちょっとアナキンを認めてやっていれば、
ヨーダがフォースじゃなくて「耳」でもっとアナキンの話をきいてやっていたら、
オビワンがもっと…それはちょっと酷かなぁ。

さて、我々の銀河へ戻りましょう。

生き物は不安や恐怖があれば、何はさておき、まずそれから逃れるために行動します。もちろん人間も同じです。

不安によって「狙った行動」を引き出すことは可能ですが、それは終わらぬ不安の日々へと子供を追い込む行為です。まず安心・安全がなければいけないというのはそういうことです。「不安による(子どもの)管理」と「不安の管理」は厳に区別し、混同しないようにしなければなりません。

「不安による管理」は操作に長けていますから、親の望み通り、あるいはそれにちかい行動をとらせることが比較的容易でしょう。短期的には効果的・魅力的に感じるかもしれません。しかし子どもの基本姿勢は「逃げ」となります。よくて「防御」。極めて消極的になりやすいうえに、積極性を見せたとしたら、それは不安の強さの表れであるという悲しさです。

「不安の管理」は環境を整えることで、本来の意欲や興味を解放するものですから、解放された心がどこへ向かうかをコントロールすることは容易ではありません。無理かもしれません。しかし基本姿勢は「攻め」。積極性を旨とするものになります。

子どもは、その小さな社会の中で、日々あたらしい「不安の種」を拾って帰ってきます。拾うというのはもしかすると違うかもしれません。いわゆる「くっつき虫」のように本人がはっきりと自覚しないままに持ち帰ってくるものも多いからです。

そうして帰ってきた子ども達にむけて、さらなる不安の種を振りかけてはいないでしょうか。子どもの将来に対する「あなた自身の不安」から逃れるために、子どもを不安にさせてしまってはいないでしょうか。

少なくとも我々の銀河には、100%のジェダイもいなければ100%のシスも存在しません。それと同じく「不安による管理」を完全にすてることは難しいでしょう。しかし、それを行うとき、すくなくとも親はそのことを自覚していなければならないと思うのです。

【告知:8/15 先生のためのゲームプログラミング講座】

6月にプレ開催を行った、先生のためのゲームプログラミング講座、好評につき継続開催決定です。
今回は8月15日、10時30分より開催します。

  
プログラミング経験ゼロ。パソコンも普段は書類を作ったりする程度。そういう方を想定しつつ、初体験から実際に作ってみる所までを1日で体験していただきます。制作したゲームはパソコンはもちろんスマホ・タブレットでも動作しますし、少しの追加作業でアプリ化も可能です。(教員の方を優先しますが、一般参加も歓迎です)

プレ開催の模様をこちらでご覧いただけます。

http://www.19online.net/19onblog/2015/07/17/584
 
概要:

前後半二部構成。
前半では様々なサンプル・パーツをいじりながら、オリジナルゲーム作成に必要な最低限の知識を一気に「味見」していきます。
後半では、サンプルから得た知識をベースにオリジナルのゲーム作成にチャレンジします。

定員:5名程度

ナビゲーター:池田俊明 株式会社まなゲー

開発環境:enchant.jsの利用を予定しています

ご用意いただくもの:ノートPCをご持参ください。
※受講にあたって有料アプリケーションの購入やインストールが必要になることはありません。

会場:株式会社まなゲー(大阪市中央区 ※地下鉄谷町四丁目より徒歩約5分)
※会場住所等の詳細はお申込み時にお伝えします。

日程:8月15日(土)10:30~17:00(10:00受付開始)

参加費:1,500円(資料代を含む)

お申込み:こくちーず の案内ページよりお申込みください。

http://kokucheese.com/event/index/321124/

進行スケジュール(予定):

10:30~ 挨拶、参加者自己紹介

10:45~ 第一部 サンプルによる基礎編

12:30~ 休憩&アイディア出し

13:00~ 制作タイム

16:30~ プレゼン&講評

17:00  終了(終了後同会場にて懇親会を開催します)

先生のためのゲームプログラミング講座 第ゼロ回 レビュー

2015年6月20日、
第ゼロ回、先生のためのゲームプログラミング講座を開催しました。

  
ゲームをただ危険視して排除しようとするのではなく、子供たちの学びを刺激し、意欲を引き出す強力な味方としてこちら側に引き込む、そんなアプローチの出来る先生を増やしていく、というのが将来的な狙いですが、一先ずは「先生ゲーム作ったことあんで!」と言えるようになってもらって「先生スゲー!」のネタを増やしてもらえたらと思います。

会場は弊社オフィス。教員2名、一般2名の参加者をお迎えして、池田が講師役をつとめました。

開発環境にはenchant.jsをチョイス。
無料で使えて、ややこしいインストールとかも不要。作ったものが容易に公開できてpcはもちろんスマホやタブレットにも標準で対応、アプリ化もOK。なかなか良いでしょう?

スクラッチやプログラミンなどのグラフィカルなものも検討しましたが、作ったものがパソコンでしか見られないというのがネックで没となりました。やはりモバイルフレンドリーさは重要です。

【さぁ、新しい世界を生み出そう】  

  
ゲームを作るのはデジタル空間に新しい世界を作り出す事、という事からお話を始めました。

そして、新しく生まれた世界にキャラクターを登場させ、移動させ、敵キャラの出現、キャラ同士の衝突判定、という具合に、ゲーム作りに必須の「素材」を次々に味見していきます。一通り体験を終えると、空っぽの空間だった所に、ちょっとしたゲームが出現している。と、そういう具合です。

参加者の半数が、そもそも普段そんなにパソコンを使わないという方だったので(そういう方にこそ是非チャレンジして欲しい!)、いわゆる「プログラミング以前」の所で苦労する場面もありましたが、その辺は想定内!安心の少人数制でもあり、まずまずスムーズな進行具合です。

【脳みそ連続フル回転の数時間】

  
むしろ想定外だったのは、皆さんから「良い質問」続出で、味見レベルでない掘り下げた説明や、予定外の練習問題をついつい加えてしまうケースが多かった事。

これが時間と参加者の脳ミソに大きな負担を掛ける結果となりました(笑)。
考えてみれば、これって、普段と違う頭の使い方を要求されるパズルを解き続けるようなもので、講座開始から数時間が経過する頃には、参加者の頭から立ち昇る白い煙が目に見えるようでした。

【集中力の限界?オリジナル制作には至らず…】

  
この「先生のためのゲームプログラミング講座」の重要な目標の一つが、「今日初めてプログラミングに触れた」という参加者に、オリジナル作品制作に挑んでもらう事でした。

…が、先述の通り、疲れ切った皆さんの頭脳は回線焼き切れ寸前(笑)。チョコやアメちゃんで糖分を緊急補給しても、充分な回復には至らず、そこそこ時間を残しつつ、新規制作は断念し、アイディア出しや意見交換を行うに止める事となりました。

んんん、無念。と、ほぞを噛んだのもつかの間、実際話し始めると、かなり具体的なアイディアも出てきて、今日学んだ内容でどこまで実現できるか、難しい部分は何処でどういう知識が追加で必要になりそうか、という所から、素材の入手元探しまで、かなり掘り下げた話となりました。次回はぜひそのアイディアを形に!というところでお時間終了。

終了後は、参加者・スタッフ・見学者で乾杯。疲れた頭をほぐしつつ和やかに過ごしました。

【制作物】

今回、参加者の皆さんにゼロから制作体験してもらったのは、以下のサンプルゲーム。モンスターを避けながらヒントを集めて、黒騎士が出す問題に答えます。  

このサンプルゲームを実際にプレイしてみるにはこちら

【正式開催へ向けて】

参加者の皆さんからも、いい勉強になったとのコメントをいただきましたが、一番勉強したのはやはり私(池田)だったのかも。

正式開催へ向け、参加者の集中力というリソース管理の重要性を、もっともっと強く意識して構成や進行を考えねばなりません。この第ゼロ回で、その為の重要なヒントと事例をたくさん得させて頂き、おかげさまで、かなり具体的にイメージ出来るようになりました。

詰め込みすぎは、今回に限らず私の悪い癖。最小限の知識とは何か、オプションとして準備しておくべきは何か、もっと突き詰めていきます。

参加して下さった皆さん、ありがとうございました^ ^

【参加者の感想より】

私でもできるんや!
ゲームを作るなんて、手が届かない別世界のことだと思っていました。
プログラミング初心者というだけでなく、ゲームをほとんどしたこともない私。
しかも、持参したMacBook Airも使いこなせず…。
皆さんのご迷惑になるのでは…と不安な気持ちでいっぱいでした。
でも、池田さんのわかりやすいインストラクションのおかげで、最後まで離脱せずにやり切ることができました。

ゲームのキャラクターが動き、会話したときには、本当に感動しました。(ゲームにはまったら、どうしましょう^^;)

1日だけの受講で、「ゲームを作ることができる」とは私は言えませんが、「ゲームを作ったことがある」と子どもの前で豪語することは、とりあえずできます。
子どもたちはきっと「先生、すげぇ‼︎」と言ってくれることでしょう。

【次回はお盆開催予定】

次回開催は現在日程調整中。8/15あるいは16となる予定です。決定次第こちらでも告知していきます。

流行や義務でやるもんでもないでしょうという話

僕は結構ガッツリと子育てに関与していますが、正直なところ「イクメン」と評されるのはゾッとします。

なぜなら「イクメン」の背後に、男も子育てに参加「しなければならない」という雰囲気をつくって、それによって人を縛っていこうという態度が露骨に見えてしまうから。こっちは好きで楽しくやってんのに勝手に取り込まないでくれという感じです。天邪鬼なもんでつい「だったら俺ぁやらねぇ!」とか言ってしまいそう。いや、やるんだけども。

ま、他人をみて「飲み歩いてないで帰って子ども寝かして嫁さんの話きけよ」と思うことも、そりゃまぁしばしばあるわけですけど。
ついでに白状すると、今週は全然人のこと言えない状態なんですが…。
奥様、娘様、ごめんなさい。

小人閑居して「善」をなす?

小人(しょうじん)じゃなくて「こども」です。
ちょっとダジャレてみたかったのです。すいません。

こんにちは、まなゲーらんど 池田です。

極端な話をしましょう。
実行してしまうと逮捕間違いなしですからあくまで例え話として、

子どもをカラッポの密室にいれて、外に出さず、食事とトイレ、睡眠の世話以外に何も与えず、
その密室に教科書とノートと鉛筆と消しゴムをいれておくと・・・そりゃ間違いなく勉強しますよね?少なくともそのうち。

手に入る唯一の「ひまつぶし」なんですから!!

その密室に、少しずつ足していきましょうか。

お母さん、お父さんが中に入って暮らします。
全員でいっしょに勉強してもいいんですが(笑)、大人には「本」を差し上げましょう。とりあえず活字限定で。

両親との会話や手遊び、相撲などが、勉強に「競合」する「娯楽」として加わりました。
大人が読んでいる本を頑張って読む、読んでもらう、というのも加わるかもしれません。

さぁ次は何をいれましょう?その次は?その後は?

(追記:人によっては「親」が入った時点でアウトな気もしてきましたので、カラッポから自由に想像してください(笑))

どこまで「そりゃ勉強するでしょ!」を(必要な程度に)保てるでしょう。
何が入ると勉強と競合するでしょう。競合としての強さはどうでしょう。
単純にモノ環境だけ(有る=みんな使える)で考えてみましょう。

っと、何が一番邪魔かを決めるのが目的ではありません。
何にもなかったら「そりゃ勉強するよね?」というところに戻って考え直してみること自体が肝心なんじゃないかなと。

仮にお子さんが勉強ぎらいだとして、それはどの程度「勉強のせい」で、どの程度「本人のせい」で、どの程度「競合のせい」なのでしょう。例えばレゴなどの「ブロック」と「勉強」が競合した場合、どの位の確率でどちらが勝利するでしょう。その予測の根拠はなんでしょう。「コロコロコミック」ではどうでしょう(僕は少年期毎月この発売日を心から待ち望んでいました。読み終わると次まで1ヶ月と思って絶望的な気分になるほどに(笑)なぜなら僕が入手できるコミックが原則として月に1冊これだけと決められていたからです。)。などと色々較べてみましょう。

そして、「これ以上はモノを置けない」となったら現実と較べてみましょう。その現実の環境でお子さんが勉強するのがどの程度の難度のクエストか、多少実感が沸くのではないでしょうか。

「勉強」に絞らなくても、読書でも工作でも、妄想だって構いませんが、
一般的に望ましいと思われる行動を子どもにとってほしい時は「暇させておくこと」が肝心なように思います。

「暇つぶしとしての優秀さ」がモノの「危険度」を計る上で重要な指標となり、
「つぶさないで暇しておけばいいやん」という態度が強力な武器となりえるのであります。

テレビ・ゲームと勉強/ジャンクフードと健康的食事

テレビやゲームと勉強の関係って、ジャンクフードと身体に良い食事の関係と似ている。

ジャンクフードをおなかいっぱい食べたら、どんなに身体に良いものでも、もう食べられません。逆もしかり。
つまり両者は子ども達の胃袋の容量(胃袋シェア)を奪い合っているといえるます。
娯楽メディアと勉強の場合は、子ども達の「時間」(時間シェア)を奪い合っているというわけです。

ジャンクフードは手軽さ、食べやすさ、さらに「いかにしてハマらせるか」を常に追及し、休むことなく「改良」が加えられているし、膨大な広告費を投入してプラスのイメージとセットで刷り込む「努力」が行われ続けています。

これらは、身体(生理)と感情(情動)を掴む努力だといえるでしょう。
親の都合・事情や怠け心などについてもよく研究されていて、良いタイミングでの提供と、上手い言い訳(後ろめたさへの)の準備まできちんとされていたりします。

一方、良い食事や勉強を推進する側が訴えかけようとするのは、多くの場合聞き手の「理性」に対してですが、「理性」が「身体および感情の下僕」であることは多方面からの研究によって明らかなことです。つまり、「良い」側が「決定権のない人」を必死に説得している間に、「決定権者」とジャンク側の間では、とっくに合意が成立してしまっているというなんとも間抜けな有様なのであります・・・。

例外的に上手く言っている「良い側」の活動。例えば、食に関するジェイミー・オリバーの活動などは、この辺がよく分かっているなーという感じがします。ジェイミーの言動が、やけに攻撃的なのは、そうでなければ「決定権者」に届かないことを自覚しているからだろうと。彼らから学ぶべきことは多いと思います。

追記:
子ども達を「脅し」ても成果に繋がらない(短期的に取り組みを促進することは可能だが、長期的に害が上回る)ので、脅しの矛先は大人に限定すべきでしょうね。この記事を読んでお子さんに「ちゃんと勉強しないと~だぞ!」なんて話をしないで下さいね。

【エデュコレ2014】ゲームを通じて勉強・勉強嫌いを考える

24日にエデュコレでお話した内容について、ありがたいことに関心をもっていただいているようですので、その際の動画をyoutubeにアップしてみました。画質が非常に低い上に、特に序盤で聞き取りにくかったり、話が冗長だったりするんですが、興味をもたれた方があればどうぞ。
そのうち画質をよくしたり分割したりしたものをアップするかもですが、ひとまずこれで。
活動紹介の際にプロジェクターで映し出された子ども達の顔は、プライバシー保護のため塗りつぶしてあります。本当はこれが一番みせたいんですけどね;;

ドラクエにおける、プレイヤーの「反復作業」と勇者の「経験」

knight

こんにちは、まなゲーらんど 池田です。

出張授業で子ども達と話すとき、ゲームと勉強の共通点としてあげるもののひとつに「繰り返しで強くなる(上手くなる)」というのがありますが、ゲーム内における反復って、一体何回ぐらい行われているもんなんでしょう、また、その反復における「キャラクターの成長体験」とはどのようなものなのか、あえて流さずにちゃんと考えてみるのも面白いかもしれないと思ってやってみました。

世代をまたいで話題として共有できそうなもの、ということで今回は「ドラゴンクエスト1」を取り上げます。
主人公が単独行動で、戦闘も1対1の遭遇戦ということで経験を量的に把握しやすそうというのもこれにした理由です。

ラスボスである竜王をある程度確実に倒せるレベルであるレベル20に達するために必要な経験値は29,000ポイント。
スライム・レベルから死神の騎士・レベルまで全てのモンスターとの戦闘から得られる経験値の平均が23.03ポイント。
本当は出現率やらも考慮すべきなんでしょうが、そこはざっくり割り算してしまうとレベル20到達に必要な推定戦闘回数は1260回となります。

常にある程度の苦労を要する(順調な成長に資する)レベル帯のモンスターとのサシの遭遇戦を闘い、撃破し続けること1260回・・・。これは量的にみてどういう経験なのでしょう。

現実世界における人物の経験と比較して見ます。
1、「剣豪」宮本武蔵:生涯に約60回の決闘を経験
2、「レッドバロン(世界史上最強の撃墜王)」リヒトホーフェン:撃墜数80機

うーん、こうして比較すると1260回の戦闘のヤバさ加減がよく分かりますね。
スライムに苦戦する所から、竜王を倒す勇者に成長するためには、剣豪宮本武蔵の20倍を超える実戦経験が必要だった
(武蔵は数十人と同時に戦ったりもしてますが、勇者の相手も明らかな怪物だったりしてますし・・・)と・・・。それに勝ち残ったとすれば、そりゃまぁ、勇者の人間離れした強さも納得できるというものです。

同時にモチベーション維持装置としてのゲームを見れば、それ自体は退屈極まる操作である「コマンド入力」を、これだけの回数に渡って、くりかしくりかえし実行することを可能にさせるだけの性能があったということになります。

当然ながらゲームはリアルな報酬も利益もプレイヤーに対して提供出来ませんから、内発的な動機付けに頼ってこの反復回数を実現している訳です。反復の中で繰り返し感じられる有能感・効力感。つねにごく近いところに具体的に見えている「具体的な成長像(なりたい自分)」等など、とても理にかなっています。これを「刺激でつっている」とだけ捉えて眼をそらしていると本質を見失います。

褒めてやる気をださせる。叱ってやる気をださせる。どちらも将来的な行き詰まりの約束された道です。
自家発電的に再生産される「俺スゲー!」だけが、持続的な努力を可能にします。
その流れに乗せる支援を行うべく、どうしたら「はがねのつるぎをゲットした自分」や「ベホイミをおぼえた自分」と同じように「繰り下がりの出来る自分」や「通分をマスターした自分」に憧れを感じさせられるか。ここのところをこそ真剣に考えるべきなのです。

地味ーな練習を繰り返し繰り返し行ったとして、1260回以内に習得できなさそうなこと、って・・・少なくとも「勉強」に関していえば、そんなに多くなさそうですよね?